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ホメヲボックスの傾向と対策

ホメヲボックスのKKOが管理中。

内線電話のディスコミュニケーションからの、認識と現実の不一致

目下のところ仕事で頭が痛いのは内線電話である。

話がうまく通じないからだ。

他の社員と同じことを説明しているはずなのに通じない。

電話越しにイライラと落胆とあきらめが伝わってくる。

言われるがままに他の社員に変わってもらって、横で会話を聞いてみる。ほかの社員が本当に自分と同じ内容を言っているのに、今度はきちんと伝わり、会話(電話)がつつがなく終了する。解せぬ。

これはもしかして、本当に同じことを言っているという自分の認識が間違っているということなのだろうか。

頭の中で考えていることと口に出していることが一致していないのかもしれない。

早口はよく指摘されるので、電話では声のトーンと速度にかなり気を使っているが、それでもだめだ。実際の速度と自分の感じている速度が一致していないのか。

どうも脳で認識している世界と、自分が現実にやっていることが一致していない可能性が非常に高い。

今、はてぶにうpする文章を書いている。自分の意図しているものを書いているつもりだが、現実に作成されて読まれることになる文章は全く異なるものになっているということだろう。

こうやって、自分の認識、認知を疑いだすときりがない。

以前のバイトでも、狐に化かされているのではないかと思うほど、考えて行動したことと、その状態が一致しないことがあった。

これはなんなんだろうね。

集中力の問題かと問われると、そうかもしれない。でも確信が持てない。

確信をもっていても、どうも違うらしいということがあるからだ。自分のことでも。

やったはずなのにできていない、書いたはずなのに残っていない、そういうことが何度も起こるので、メモ魔と化したのであった。

外線電話だとこういうディスコミュニケーションは起きにくい。これも理由がわからない。

外への電話だから余計に気を使っているせいだろうか。

内側の人に「何を言っているのかわからない」と言われたことが何回かあるが、逆に私からすると「なんでわからないのかわからない」なので非常に混乱する。そんなに難しい連絡をしているわけではない。

 

内線電話は業務上出ないといけないので出る。私が一番下っ端なので、できるだけ電話を取り、ほかの人に代わるほうがいいということらしい(本当にみんな、電話に出ることができないほど忙しい、毎日)。

でも向こうからしたらM18クレイモア地雷が電話に出たのと同じである。だからめちゃくちゃ気を遣う。

どうにかしたいのだが、前述のとおり、ゆっくり話すことと、必要な情報を取捨選択して話すこと、自分の認識している現実を疑い、少しでも本物の現実にすり合わせていくしかないんだろうと思う。

それでも伝わらないのは、もうわからない。

とにかく、電話越しの落胆とため息とあきらめを感じ、ただただ申し訳なくなるという話。

 

 

 


 

治療しながら仕事は可能であるかの件

気が付いたらうつ病&不安障害歴3年強になっていました。社内の蛮族KKOです。

ただいま私は正社員として働きながら治療しています。

 

実際に精神病で就労は可能じゃ!ということを体現できたのは良いですが、当然全く問題がないわけではありません。

会社には精神病のことを伏せて面接を受けて、採用されたので特に配慮はされてません。(言ってたら受かって無かったと思う)

入社して一か月後に途轍もない不安感が出て、涙がびゃーて止まらなくなりました。

幸い業務上マスク装着おkなのでマスクをして涙目で念仏を脳内で唱えながら仕事をしてました。こうして字にするとやべぇな。定期的に通院している病院では「適応障害のような状態かもね」とのことでした。

自分でも不思議なんですが、自分の腕が根元から「ぽちっ」と取れてしまう感覚がずーと頭の中にあって、しんどかった。取れるわけないのにね。人形や可動式フィギュアの腕が「こちっ」と取れるような感じが拭い去れず、結構リアルな感じで迫ってきておりました。

その後ちょうど1か月で転機があり、適応できない症状はぴたっと収まったんですが、数か月たっても「あー脳機能落ちたままだなー」という感じです。

 

私が社会人経験があったうえでうつ病になり、休職から復帰するおよび転職するのならまだスムーズに仕事に入ることができたと思います。ですが社会人経験0で初めての会社だと、ただでさえ新入社員、新社会人としてのストレスが加算されて、「このしんどさは新社会人ならみんな感じるんだろうか?それとも病的なものなのだろうか?」という見極めが大変難しい。対処が異なるから見極めないといけない。

 

タイトルの答えとしては、可能ではあるがしんどいということが落としどころでしょうか。人ならざる者が人里に降りてきて仕事をしているようです。

似たような状況の人がこのブログを読むこともある思うので希望のあることも書きたいんだけど、こういう中途半端な答えになります。可能ではあると。

 

会社側が私をどう思っているかがわからないので、きちんと働けているかという点はうまく答えられません。自分の中ではまだまだダメ人間ダメ社員なんですが、新入社員がいきなりプロプレイヤーにはなれないので、自分を追い詰めないようにしようと思います(これが非常に難しいからこうやって文章化する)。

 

 

 


 

 

記述が実践的で役に立った本。難しいところもあるけど専門的な内容でよかった。 

 

 

4月4日だから。人間仮免中 つづき

 

 人間仮免中という漫画がある。ブルースにどっぷり浸かった友人が突然貸してくれたものだ。

作者は卯月妙子。幼少期からの統合失調症により入退院を繰り返しながらも、漫画、舞台、エッセイ等クリエイティブな世界で活躍されている方である。元はAV女優でかなりどぎついマニアックな内容のAV(スカトロとか)に出演し、カルト的な人気を得たという。

 

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人間仮免中は作者の統合失調症の日々をつづったドキュメント漫画である。

統合失調症により入退院と投薬の日々を送る妙子は25歳年上の恋人、ボビーに出逢う。笑いあり喧嘩ありの騒がしくも楽しい毎日を送っていたある日、彼女は薬の服用を怠り、衝動的に歩道橋から真っ逆さまに飛び降りる。

人間仮免中は歩道橋から飛び降りるシーンから話は始まる。

まず目に入るのはぐちゃぐちゃな線で描かれ、対照的に恐ろしいほどまっすぐな姿勢で道路に落ちる妙子。

「こ、これ大丈夫なのか、漫画として成立しているのか?」というレベルで線がぐちゃぐちゃ。表紙は普通の絵柄だがこれは作者の過去の絵を参考に再構成されたものだろう。それぐらい絵がすさまじいことになってしまっている。

ただ、これにはきちんとした、そしてとても重い理由がある。読み進めていくと理由がわかる。この点に関してはぜひとも本編を読んでほしいのでここでは説明しない。

 

 

本題に入ろう。本だけに。

駅の売店でまさかの人間仮免中つづき」を発見した。

 

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即買いしてページを開く。絵は、線は、以前よりも劇的に回復していた。

話を読む前に絵の回復を知ることができただけでもう安心できた。それだけで十分だと思える本だった。それほど前作の内容が衝撃的すぎたのだ。

相変わらずボビーと騒がしく日々を過ごす妙子。統合失調症陰性症状がひどく、年上のボビー(もう70近い)に介護してもらいながら、喧嘩し、泣き笑い、激しく毎日が過ぎていく。

症状はかなり激しく、幻聴、幻覚、興奮等々、枚挙にいとまがない。ボビーに当たったり、逆に当たられたり。

漫画上でボビーはガハハ系の頑固で愉快なおっさんとして描写されているのついつい忘れてしまうが、ボビーの歳は70歳である。とあるページにリアル調ボビーの絵が描かれてあるが、それでも70とは信じがたいエネルギーにあふれた顔をしている。

そして作者の卯月氏だ。どんなに自分の世界がめちゃくちゃになろうと、生きることをあきらめなかった。ぼろぼろの自分をさらけ出し、それをユーモアに乗せてガリガリと描きだした。間間に挿入される俳句、短歌もキリキリとした愛おしさに溢れる、生身の声だ。

こんなにバイタリティにあふれた人間はなかなかいないだろう。しかも二人も。

 

とあるシーン。二人は喧嘩の果てに「だから生きろ死ぬまで」という結論にたどり着く。

生きる。何があっても生きる。生きているということは当たり前かもしれないが、その当たり前がぐらぐらと揺さぶられる毎日を送っていると、ふと、前後不覚に陥ることがある。そんなとき、この「だから生きろ死ぬまで」が痛々しく突き刺さるのだ。自分の世界がバグまみれでも、誰かと一緒に生きるということは素晴らしいんだよ、と、下手すればただの綺麗事のようで拒絶したくなるようなメッセージが、卯月氏の手にかかればストンと腑に落ちる。壮絶な体験をした卯月氏にしか描くことのできない漫画なのだ。

 

そうそう、仮免中つづきには東日本大震災の時の卯月氏のエッセイ漫画も載っている。こちらも傑作。最後の卯月氏が信じた事実は、紛れもなく事実なのだと思う。

 

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本編において元夫との息子が就職、結婚し、幸せなイベントが続いたある日、息子の一声で二人はある決断をする。あっけらかんと描かれたシーンだが、ここに至るまでの道のりを思い出すと、本当によかったと思えるシーンだ。ぜひとも2冊まとめて読んでほしい。

 

 

そして、4月4日だから。

妙子さん、ボビーさん、結婚記念日おめでとうございます。末永くお幸せにお過ごしください。

映画「この世界の片隅に」の記事を今更書く

映画「この世界の片隅に」を昨年見ていました。

そんな感じの記事を今更書きます。

今回はお話の解説記事ではないのでネタバレは少なめだと思います。

映画の作り(?)について書きました。

勢いのみの記事です。

 

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続きを読む

ノンアルコールビールを嗜む

お題「好きなビール」

 

お題「好きなビール」だが、私はノンアルコールビールを推す。

一番のお気に入りはアサヒドライゼロだ!

http://www.asahibeer.co.jp/products/beertaste/dryzero/

 

 

なんでビールの話題なのにノンアルやねん!というツッコミが入るだろう。

私は酒が一滴も飲めない。

いや、以前は飲んでいた。

大学生時代に飲みすぎてはめを外すのは経験済みである。

今飲めないのは、服薬しているから、そしてある出来事で一生禁酒を誓ったからである。

何かしらでもうなんもかんも嫌なことがあり、アルコール8%のロング缶チューハイをイッキして、暴れたからだ。(治療開始してからそのときまでは医師の言いつけを守って一切呑んでいなかった)

おまけにアルコールで精神安定剤睡眠薬を服用するという、精神病やっちゃダメランキング上位までやらかした。

それ以降禁酒である。

暴れたのが申し訳ない、というのももちろん理由だが、一番の理由は「これ、アル中になる典型的パターンだなぁ」と思ったから。

 

嫌なことがあった

酒を飲む

病気と薬の影響でラリる

酒が抜けてから虚脱と自己嫌悪

嫌になる

酒を飲む

 

の以下ループになることを直感したため、断酒している。

 

問題はビールが好きだということだ。

チューハイ、カクテルなら似た感じのソフトドリンクやノンアルコールカクテルがあるし、もともと焼酎と日本酒は飲まなかったので問題はない。

ビール。

酒は飲まないが、飲みたいビール。

 

そこでノンアルコールビールである。

私にとってアサヒドライゼロが一番口に合う。

焼きそばを食べるときは必ずと言っていいほど飲む。これがぴったりなのだ。

ガッと来るけど酔わない。ラリらない。

最高です。

ノンアルコールビールを作ってくれた人、ありがとう。

月日がたち、酒の味もだいぶ忘れ、私にとってはもはやビールの代用というより、ノンアルコールビールという飲み物を嗜むという感じでおります。


 

分去れの道を想像すると、しんどいが新しい道があったりする。

お題「好きな短歌」

 

かの時に我がとらざりし分去れの片への道はいづこいきけむ

 

美智子皇后陛下の詠まれた歌です。

あの時選ばなかった道はどうなっていただろう、という意の歌。

あの時こうしていれば、と後悔することは多々あれど、あの時に戻ることは決してない。

ついつい選ばなかったほうの道が輝いて見えるのが人間の性なのだろう。

そんなどうしようもなさがシンプルに率直に詠まれており、好きな短歌の一つである。

分去れの道を想像するのは疲れる。どうしても選ばなかったほうに理想を重ね合わせて夢想するからだ。

だが、分去れの道に途中から進路変更することもできるのではないだろうか。

以前選ばなかった道を選ぶ。途中からでもやってみる。

それならば、決してできないわけではない。

でもそういう時に限って、進路変更前の道が輝いて見えたりもするのだけどね。

私は強欲なのだ。

精神病、就職する。

うつ病全般性不安障害自律神経失調症になり4年たつ。

今年の11月、私は正社員というものになった。

就職したのである。というか、できてしまった。

前置きしておくが、この日記は「精神病で職歴なくても就職できるよ!」という決してポジティブなものではない。

そもそもネガティブな病なのだから仕方ないのだけど、就職してから不安障害と自律神経失調症がぶり返したという話である。

 

 

~私の就職活動~

2015年

8月 大学卒業

11月 アルバイトを始める

2016年

4月 本格的に就職活動

8月 アルバイトをやめる

10月 内定を得るが辞退

11月 就職

 

流れとしてはこういう感じである。

服薬、治療をしながらの就職活動、しかも既卒

非常にしんどく、厳しい就職活動であったが、これでも仕事は見つかるものである。

ただ、あれだけ喉から手が出るほどほしかった「正社員」という肩書が、働き出して1か月、急速に色あせてきたのを感じる。

なぜか。書き出してみよう。

  • 仕事という新しい環境への適応がうまくいっていない
  • 12月だが、5月病なのかもしれない
  • 本当はどこかで仕事をしたくないと思っている
  • すでに人間関係で躓いている

うん。ものの見事に社会不適合だ。わかりやすくて笑う。

病院では、

「辞める、辞めないで考えるのではなくて続ける方法を考えよう。そして、続けることができなくなった時に辞めよう」

というアドバイスを主治医からいただいた。

「続ける、続けない」という考え方と「辞める、辞めない」という考え方は、結果は似たようになるが、継続する線と分断する点という意味で大きな違いがある。

辞める、辞めないという気持ちは、続ける方法を考える上では、分断する点になってしまうので、自信とやる気も分断されてしまうのだろうと解釈した。

 

 

何が起きても満足しない。そんな私は強欲人間。

で、就職したことに対して後悔というか疲れや迷い、不安を感じており、薬が増えた。

1年ぶり5回目である(適当です)。

では精神病が正社員で就職したことは間違ったルートだったのであろうか。

仮に、体をもっといたわって派遣やバイトを週3~4日で続けたとする。

これはこれで賃金、福利厚生の面で後悔していたであろう。3日~4日勤務で体が今より快調だったとして、「フルタイムで行けたんじゃね?」という迷いを生じるだろうということは私が一番わかっている。

では在宅ワークではどうだっただろう。最近はプログラム未経験でもできる仕事が多い。これはこれでよいとは思うが、やはり社会的後ろ盾のなさを気にして不安になると思う。そういった後ろ盾はフリーで働いて少しづつ形作っているものなのだが、いかんせん私はすぐ結果が出ないとへこんでしまい、ダメな部分しか見えなくなる。

つまり、どのルートも詰んでいる。

強欲であるので、現状に満足できない、さらに不安がつのり、体にめちゃくちゃな影響が出る。性格と病気の相乗効果で、手に入れた貴重な幸運ですらブン投げたくなってくる。とにかく自律神経に影響が出ているのが辛すぎる。頭痛、下痢、胸の冷感、肩こりが一気に襲ってきて、逃れたい、消えたいで頭がいっぱいになってしまうからだ。特に胸の冷感がきつい。本当にきつい。

 

で、現状どうするかである。薬が増えたので、すこし気持ちと体を落ち着けることはできるので、今の仕事を暫くは続けようと思う。今しんどいのは慣れていないというのが大きいからだ。もう少しすれば変わるかもしれない。どのルートも詰んでいて後悔するなら、まずは入ったルートをしばらく行くのがよいのかもしれない。

逆に、辞めるとしても、幸い(?)人の入れ替わりは激しめで新人がいつかない職場らしいので(逆に中堅を超えるとみな落ち着く)辞めることへの罪悪感はほんの少し軽減される。

1年後、続けているか辞めているかはその時の私のみぞ知る。

不安で押しつぶされそうだが、こうして文章化すると自分でも問題や計画がわかりやすくなって良いと思った。

だらだらとブログやツイッターでそういうことを書いていくだけでも、私には大きな発散になっている。

 

これでいいのだ。

【ネタバレたぶんなし】五右衛門VS轟天

行ってきました。

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シグルイ刃牙を足して二で割らないポスター



大阪公演が終わりましたね。f:id:knit81:20150627121203j:plain

 

劇団☆新感線は初めてなのでうっきうきでした。

面白かったー!

行く前に特に下調べをしなかったのですが、キャラがわからない……ということもなく、話の中で自然にわかるような作りになっていてよかったです。
そもそも役の特徴がみんな立ちまくりで否応なしに頭に入ってくる。

ストーリーは予想のつかないことばかりで、終始笑いどおしでした。
大がかりなはずなのにどこかチープな仕掛けや大道具がいい味出しています。
下ネタ、パロディ大好きなので大満足です!


一番印象深かったのは冠と教祖の曲!
事前に調べなかったので当日看板をみてほんまに驚きました。
まさかThe冠と巨乳まんだら王国のコラボが生で聞けるとは!

あんなきれいなハイトーンメタルボイスと濃いエモーショナルパンクシャウトが一緒になったらもうね!耳が幸せすぎる!

帰ってからツタヤで冠のCDを借りたのは言うまでもない。
巨まんはなかったです。残念。


残りは福岡と東京です。
劇団の皆様、お体に気を付けてください。



本当はもっと下ネタまみれの感想になるはずだったのだが理性が勝った。

休活ブログのライターになったよ。

お久しぶりです。KKOですよ。

休活ブログという共同ブログのライターをすることになりました。

kyukatsu.com

 

休活ブログとは、休学経験者によって書かれる共同ブログです。

そもそも休活とは、休学活動の略で、全国の学生さんに休学という選択肢の認知を目的としたサイトです。
さらに、様々な理由の休学を扱うことで、客観的にその選択を提示しています。
私はカナよびのケイコーで記事を書いているのでよかったら読んでみてね。

るさんちマン、今年を振り返る。

年末ですね。
後数時間で年明けです。振り返り。

去年にでかい波(うつ病発祥)があったので今年はそれの余波をざっぱし受けた形となりました。
薬が減ればよかったんですけどまだ先のようです。てか増えた。しゃーないか。

院試に落ちた時点でもう研究者の道はあきらめました。
決めるの早くね?と思われるかもしれないけど自分の大学の内部進学の試験に通らない時点で、そして通ることが出来ないような状態であることそのものがもう向いてない証拠になっているような気がしたんです。
高校生のときのおれっち、ごめんな。

もう自分に何が向いているのかも何をしたいのかもわからんくなった。
実験が一番向いていると思ったんだけどね、自分以上に向いていてかつ結果を出せる人と実際に話して、自分はまだ甘えてると思ったのも事実である。

 

 


でも今年を楽しく過ごせたのは事実です。
本当に学科の友達、先輩、後輩に感謝。バンド仲間にも感謝。

一番嬉しかったのは即興音楽でも調性音楽でも出演者としてライブ童貞を卒業できたことです。
音楽を奏でることが出来る人にものすごくコンプレックスがあった(多彩なコンプレックスのひとつに過ぎない)けど、ちょっとましになった。

浴衣祭りとか学祭、ソフトボール、バレーボール、飲み会、ほとんど学校に来てないウチをちゃんと同学科の人々は誘ってくれて本当に嬉しかったです。
普通に笑えたしね。写真もいっぱい撮った。


来年あえなくなる人が出るのが本当に悲しい。
自分は後ろから見送る側になるけど、つらいようでいて、胸がすくような思いでもあります。
残り時間を大事にしよう。

いくらつらくても最先端が一番幸せだと思っているので来年もそれなりにやっていきます。
よいお年を。