読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

ホメヲボックスの傾向と対策

ホメヲボックスのKKOが管理中。

計器の数値は真実か

大海赫「あなたのエラさはなんポッチ?」感想と考察
どうしようもないくらいネタばれあり

 「メキメキえんぴつ」および、オムニバスSF短編集「科学者たちの陰謀」収録。
メキメキえんぴつ版はオリジナルの絵なのでこちらをお勧めする。
科学者たちの陰謀版は違う人が挿絵を描いてますが、本文に描かれている絵は大体あってるので妥協できれば特に問題はないと思われる。(扉絵は全然違う)

 

野原に突然、人の首の生えた体重計のような物が出現する
動物たちは書いてある説明がよめないので人間の男の子に読んでもらった所、
その機械は「エラさ計」という名前で乗った者のエラさを単位「ポッチ」で示すのだという。

1万ポッチは月に、2万ポッチは太陽に、3万ポッチは星に尊敬されていいという。

まず先ほどの男の子が乗ると、108ポッチ
人間ですらこんなに低いのだからほかの動物はどうなのだろうか、とタヌキやサルやオケラ達、ほかの動物も乗ってみるが似たり寄ったり低い値を示し、一万ポッチに届きもしない。

カミサマと呼ばれ敬われているウシが乗ったところ5ポッチしか示さなかったことから
集まった動物は「インチキ!インチキ!」と騒ぎ出す。
そこで騒ぎを聞きつけた暴君トラが乗ってみたところ3万ポッチ以上、とんでもない数値を示す。
実はその数値は一緒に乗っていた名も知らぬ小さな虫の数値で、トラ本人の数値は0ポッチ!

憤慨するトラ、おののく動物(&男の子)

その瞬間、エラさ計が開き、中からロクロっ首が出てくる。
エラさ計についていた頭部はこのロクロっ首のものだったのだ。

皆驚き、大慌てで逃げ出す。
踏み荒らされた野原を見て、ロクロっ首(ロクローという名前だったはず)は一言

「ああ面白かった」

ロクロ―はそのままひょいひょいと山に帰って行った。
残されたエラさ計の外側は野原にいる動物の子供たちのいいおもちゃになりましたとさ。
誰かがエラさ計に乗った時、ノウサギの子なんかが中に入り針を動かし、「あなたはたった○ポッチ!」といって囃して遊ぶのだ。


・・・・・・・・

えーと
なんというか
投げっぱなしジャーマンだなぁと(失礼)

いえいえ、物は言いようです。
現在所々で読むことができる未発表作のオチも大体こんな感じで
メキメキえんぴつ収録のほかの作品も物語に「解決」を与えていないものばかりです。
オチ=解決ではないことから生じる読後感なのではないでしょうか。

結局ロクローは何をしたかったのか全く分からないまま「ああ面白かった」ですからね。

あらすじを書き出しただけではわかりにくいんですが、動物たちのやりとりは比較的ほのぼのとした口調でなされ、地の文も語りかけるようなほのぼの系です。
でもトラは他の動物の家族や友達を何匹も食い殺している奴だったりします。世界観はほのぼのしてません。
第一、動物たちは初めは男の子にすらおびえてましたから。男の子はかばんや帽子を脱いで丸腰になることで攻撃の意思はないことを示すんですが、なかなかいいシーンだと思います。

ロクローが何をしたかったのか、改めて考えてみました。

やっぱり「おもしろい」ことがしたかっただけなのかなぁ
その後の描写からエラさ計は中から針を動かせるということがわかりますから

ポッチの単位と敬われる基準をつけて、それに達しない動物の反応を見て楽しんでいた……うーん
確かに動物たちが低くとも自分のエラさに満足して帰ったらこんなことにはなっていませんものね。
しかも名も知らぬ虫が3万ポッチ越えで威張りまくってるトラが0ポッチ。
そらトラ怒るわw怒りっぽい性格みたいだし。

別の視点を持ってきます。あの数値が真実だとしたら、という仮定です。
もしロクローが本当にエラさのわかる者で、エラさ計はそれを表現するための道具だとしたら?
えらいこっちゃです。
名も知らぬ虫マジパネェってだけじゃなくて、

読んでみると何となく、威張っていたり、敬われて特別扱いされていたり、自分は特別と思っているものほど、数値が低い傾向にあったような気がします。
自分の分限を知っているものほど、数値が高くなるという法則があるとしたら、あの名も知らぬ虫の思考は自分を知り足りた者、恐ろしく高次元であるということになります(IQ的賢さがエラさの要素に入っているとも考えられますがそれでも異常な数値)。あ、結局名も知らない虫マジパネェに話が落ち着いてしまった。

ということは「ああ面白かった」っていうのは動物の反応だけじゃなくて、分限をわきまえない愚かさをも面白がっているということになります。おそろしや。げにおそろしきはおろかしさ。

 

野原に残されたエラさ計の外側で遊ぶ子供たちはふと気が付く日が来るのでしょう。
無知の知であれ、自分の分限をわきまえることこそがエラいのだと。
威張ったり敬われることはエラいのではないということに。